チーズの文化と歴史

チーズの文化と歴史

皆さんはチーズがどこで生まれたのかご存知ですか?

人類が動物のミルクを利用し始めたのは、およそ1万年前の西アジアでのこと。
現在のトルコ、イラク、イラン、ヨルダン、レバノン、シリアの一部を含む西アジア地域は「肥沃な三日月地帯」と呼ばれています。
ここでは農耕に適した地理的・気候的条件に恵まれ、農耕文明が早くから築かれてきました。

牛や羊を家畜化し乳を得る牧畜という生活様式もここで生まれました。
ミルクから発酵乳(ヨーグルト)が生まれ、更にバターが生まれ、そしてチーズも生まれました。
紀元前4000年頃のエジプトの壁画にも、チーズの製法が描かれているというのですから驚きです。

チーズは世界中に伝播し、文化や歴史に応じて変化してきました。
興味深いチーズの変遷を、今日は皆さんと追っていきたいと思います。

チーズの東アジアへの伝播

チーズの製造文化はインドに伝わりました。

多くのチーズを生み出す過程では、レンネットと呼ばれる乳を固める酵素、つまり凝乳酵素が必要です。
レンネットは若い仔牛の第4胃袋の消化液に多く含まれる抽出物。
しかし、ヒンドゥー教が主たる宗教であるインドでは、牛は神聖な生き物とされています。
仔牛を殺して胃からレンネットを採取できない彼らは、酸や植物を使用して牛乳を凝固させるチーズ作りを始めました。独自のチーズ製法は、紀元前に書かれたヒンドゥー教の聖典である「ヴェーダ」に記されています。
また、「ヴェーダ」の教えによれば食べ物は新鮮であることが重要でした。
そうした文化の中で熟成チーズは生まれず、代わりに「パニール」などのフレッシュチーズが作られました。

チーズの製造文化はまた、チベットとモンゴルにも広がります。
山岳地帯のチベットでは、遊牧民が飼うヤクの乳で作った「チェルビー」というチーズが有名です。
一方モンゴルでは乳酸菌で発酵させた乳を加熱することでタンパク質を凝固・分離させ、天日乾燥することによって長期保存が可能になった、「ホロート」と呼ばれる硬質チーズが生まれました。

チーズの西ヨーロッパへの伝播

現存する世界最古のチーズは、ギリシャの「フェタチーズ」と言われています。
木綿豆腐の様な見た目のフェタチーズは、塩漬けにすることで長期保存が可能になりました。
そのおかげで、紀元前1200年頃には地中海の海路を利用したチーズの貿易が始まります。

チーズはバルカン半島、ひいてはその後地中海全域を支配するローマ帝国まで伝わりました。
その後、騎馬遊牧民によって中央ヨーロッパのケルト諸族へ、ケルト人を通じて北欧へと次々と伝播していきます。

チーズの製造はローマ帝国下で大きく発展を遂げました。
領土拡大が奴隷による労働力の安定供給をもたらし、紀元前6世紀頃から奴隷を使った大農園制が確立したためです。
オリーブオイル、ワインとともにチーズやバターなどの酪農品が大量生産されるようになり、乳製品の製造技術が確立されていきました。
そこで働く人々は様々なチーズを考案し、都市の上流階級がそれを消費しました。

修道院によるチーズの多様化

ローマ帝国が崩壊し、7〜8世紀頃から西ヨーロッパ全体に荘園制が確立し始めると、チーズも多様化し始めました。
領主層や修道会が支配する領地、すなわち荘園ごとに、様々なチーズが生み出されます。

現在のフランスでは、修道院やフェルミエといわれる農家製のチーズが生み出され、「カマンベール」、「ヴァランセ」、「ウォッシュドリンド」などの多くの個性的なソフトチーズが誕生しました。
特に修道院で生まれたチーズは修道院内で消費されるため運搬の必要がなく、柔らかく繊細なソフトチーズが生まれたのでしょう。

また、8世紀に北アフリカから南フランスに侵入したウマイヤ朝のイスラム教徒たちのお陰で南フランスにシェーブルチーズ(山羊チーズ)がもたらされました。その代表例が「シャビシュー・デュ・ポワトー」です。
アラブ人が遠征中に食料として連れてきた山羊と、チーズの作り手である女性たちが山羊チーズの製造法を伝えました。
そのため、ヨーロッパのこの地域は今もなお山羊チーズの生産が盛んです。

職人チーズの誕生

中世ヨーロッパでは、酪農家、あるいは家庭仕事として女性の手で作られてきたチーズですが、近代になりようやくチーズ職人の手で作られるようになりました。

特にスイスでは、18世紀に需要が高まると組合や養成学校ができ、「エメンタール」などのチーズの製造技術が見直され、大量に生産され始めました。これらのチーズは背は高くない大きな直径のホイールタイプであるのが特徴です。

そのうち多額の資金が投入されたチーズ業界は「チーズの黄金時代」を迎えますが、それも長くは続きません。
スイスでは、1875年以降需要がしぼんだことをきっかけにチーズ業界が品質重視に立ち返り、牛乳を供給する農家には飼料や牛に関する詳細な知識を、チーズ職人にはチーズの品質を徹底する知識を求めるようになります。
こうした原点回帰、伝統継承のお陰で、私たちは今日も美味しいチーズを楽しめているのでしょう。

また、1860年代には化学者たちが酵素の素となる微生物の研究、培養を始め、レンネットの大量生産が可能になりました。
現在のレンネットは仔牛から得られるカーフレンネットの代わりに、こうして発酵生産されたものが多く利用されています。

まとめ

今回はチーズの歴史を紐解いていきました。
紀元前に西アジア地方で誕生して世界中に伝播していった発酵食品が、何百年もの間食され続けているというのはとても興味深いですね。
伝統を今も守り続けるチーズ職人たちのお陰で、私たちは今日も多様なチーズを美味しく楽しむことができるのです。

それでは皆さん、本日もここまで読んでくださってありがとうございました。